Serialization

瞬間前進

第5回 “明日はどっちだ 〜岐阜公園三重塔一般公開〜”

 古きは淘汰され、新しいものが良しとされる。昔がいけないのではない、“今”だけがもてはやされてしまったのだろう。

 岐阜公園にある三重塔の復元、修復整備工事が昨年行われた。装飾を用いない簡素なつくりが、緑の中にあるただ1つの朱色をひときわ明らかに存在させている。大正6年の建立から、ずっと。

 3月3日、その中に入る機会が訪れた。年に2回ほど行われる一般開放の日だ。13時20分、金華山近くの駐車場はどこも満車。脇を歩いていく人にお辞儀をしながら、なんとか空きを見つけて急いで駐車する。そこから10分。長良川を越えるたびに気になっていた、あの朱色を目指した。
 粗い石が転がった道をブーツで歩いていく。塔のふもとにたどり着くと、まず“V字”に形成された地層に迎えられた。織田信長はここで、おもてなしのお茶会を開いていたそうだ。脇に滝を流し、池を作って。荒々しい岩肌、折り重なった層。あの頃から人々に見せてきた険しくも堂々とした表情を、今でも伺うことができる。見えない力がみなぎってくるのを感じた。
 階段を登っていくと、いよいよ三重塔の登場だ。風景と光に溶け込みつつも、しっかりとそこに在る歴史に喜びを覚える。案内に従って並んでいると、建物について色々聞くことができた。今回の修復にあたって、劣化の少ない箇所に関してはほぼ手が加えられていないとのこと。心底、感心。長良橋の古材を使用して建てられたことが解体調査の際に判明したらしいが、歴史を残さんと丁寧に扱う姿勢が今尚受け継がれていた。中央に構える心柱の、滑らかだがちぐはぐな継ぎ目から、その配慮を見て取ることができる。その心柱は力強く、相輪と呼ばれる金属部を高く掲げていた。より高く、もっと高く、天を目指さんとばかりに。
 気にはなっていたが、前に並んでいる親子が熱心に職員さんの話を聞いている。小学3年生くらいだろうか、建築家を目指しているらしい。専門用語ばかり、難しいことだろう。しかし彼の目が薄暗い建物の内でただ2つ、ひときわ朱く輝いて見えた。後世へと伝統を伝えていく、ロマンに満ちた空間。かつて建造に携わった人たちも一様に、未来に思いを馳せていただろう。そしてこの塔は、現在も老若男女問わず夢を与えてくれるのだ。

 ダサいだのカッコいいだの、言うことは簡単だ。過去を打ち砕く、上等じゃないか。では何を壊すのか。それを知らないと意味がないじゃないか。相手がいなければ戦えない。考えなければならない、理解しなければならない。強大な敵と戦うヒーローのその様に、ロマンを感じるのではないか。

 “温故知新”、三重塔は私にそう語ってくれていた気がする。  

(立花)

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