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第1回 「読書は散歩だ。コースはいくらでもある」
                      塚田薫


「遊べる本屋」として菊地敬一氏によって創業された書店ヴィレッジヴァンガード(以下VV)が長らく掲げているのが冒頭の言葉だ。
 読書とジャズをキーワードにVVを創業した経緯は、菊地氏の著書『ヴィレッジヴァンガードで休日を』に詳しい。雑貨屋として認知されることが多いVVだが、1986年に第一号店としてオープンした本店の入り口脇には、店名の由来となった名門ジャズクラブ「Village Vanguard」で活躍したミュージシャン達の名作が並べられている。添えられたスピーカーから流れるジャズが客を出迎える。
 ところで書籍は版元に返本ができる代わりに利益率は低い。したがって新刊やベストセラーを中心に売り場の回転率を上げることで利益を生み出すことが書店のやり方として主流だ。一方で書店としてのVVがユニークなのは、書籍の利益率の低さを雑貨やアパレルといった高単価・高利益率の商材で補うところにある。実際にVVは書店というよりも本も置いている雑貨屋というイメージをもっている方も多いだろう。雑貨での稼ぎがあるから普通の本屋では不良在庫でしかない本を書棚に置き続けられる。
「コースはいくらでもある」というのは書店VVの特徴を如実に表しているといえよう。多くの本が書店にあることは「好きなもの買って読める楽しい」ばかりでなく、社会が自由であることにも大きく関わるものだ。
 最高裁判所はいわゆるレペタ裁判の判決の中で以下のように述べている。「各人が様々な意見、知識、情報に接し、これを摂取する機会を持つことは(中略)民主主義社会における思想及び情報の自由な伝達、交流という基本的原理を真に実効あるもの」とするために「必要」である。
 日本国憲法第二十一条が根拠だ。
 第二一条
 集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。
「みんなで集まって考えたり、自分の考えを喋ったり、本とかにしたりして表現することは、すべて自由だ。どんな表現でも、それはお前の権利だから胸張ってやれよ」
 拙著『増量 日本国憲法を口語訳してみたら』(幻冬舎)
 憲法によって、国や自治体といった公権力は個人の表現に介入してはならないことが保障されている。自分の言葉で、自分の考えを語ることができる。至極まっとうな自由だ。
 また言論の自由は個人の利益ばかりでなく、社会的な意味での自由にも関わる。
 こう書くととっつきにくく感じてしまわれるかもしれないが、たとえば選挙。投票先について考えるためのメディアが、公権力によってコントロールされてしまえば、フェアな選挙なんかできない。自由に考え、自由な発言ができなければ民主主義は成り立たない。
 しかし自由だからといってなにをやってもいいわけではない。あらゆる自由や権利は他者の迷惑や害にならない、つまり公共の福祉の範囲でのみ認められるものだ。
 具体的には名誉毀損や侮辱は犯罪だ。また近年ではヘイトスピーチ(民族、国籍など変更が難しい属性への差別的な言動)が罰則規定こそないが明確に禁止された。
 また2015年にはアーティストのろくでなし子氏による自身の女性器の模った石膏作品や、女性器を3Dスキャン作品をインターネットを通じて希望者に配布するなどの活動が、わいせつ物陳列などの罪に問われ逮捕された。裁判でわいせつ物陳列は成立しないとする一部無罪判決を受けている。
 裁判で作品は「わいせつ物」ではなくポップアートとして一部無罪判決をうけた。一方でわいせつ物陳列などを禁じた刑法第175条が、表現の自由を保障する憲法第21条に反しているとの弁護側の主張は退けられている。ちなみにアダルトビデオは局部にモザイクがかかっているからわいせつ物ではない、という日本独自の謎ルールはまさに刑法第175条、そして表現の自由の問題だ。これも掘り下げるととても面白いが、脱線するので別の機会に書こうと思う。
 閑話休題。
 あらゆる自由は、それを行使するときに他者との軋轢が生まれやすい。言い換えるならば、特に自由として保障しているということは、強く保障しなければ自由は守られることがないからだろう。
 なぜそこまでして自由は保障されなければならないのか。
 それは絶対に間違わない人間は、絶対にいないからだ。そして全ての問題を完全に解決できるような考え方ややり方はない。もし「私は完全無欠の天才です。私のいうことを聞いていれば何の問題もおきません」なんてことを言えるのは神様か、そうでなければ詐欺師か妄想狂か、その両方だ。多少手間がかかっても、色々な考えや価値観を自由に競争させて、その時々に上手くいきそうなものを選んだほうが安全だ。
 多数の者が考える良識にとって「有害」であり「不愉快」な表現がどこまで守られ、どれだけ多様な表現が存在できているか問われる。雑多な他者と同じ社会の中でなんとか折り合いをつけて、互いの生活や利益を調整しながら生きていかねばならない現代は面倒臭いかもしれないが、面倒臭さにもそれなりの理由があるのだ。
 こんなことを考えながら学生時代にバイトをしていたVV本店の中を久々に歩き回った。
 農業倉庫を改築した本店の内部は、現在の店長K氏がこだわりをもって仕入れている煙草コーナーや、特に力を入れているというアパレルと自動車関連グッズ、レトロアメリカの雰囲気を漂わせる食器、そして漫画や書籍が並べられている。仕入れは店舗ごと、あるいは担当する店員のセンスに委ねられており、小さなセレクトショップの集まりといった雰囲気すらある。漫画の並びはバイト時代の同僚だった担当者Kのチョイスからは変わっているがやはり尖っている。
 狭い棚の間を縫うように歩き回る。コースはいくらでもある。ヴィレッジヴァンガードで休日を。

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